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11- 半泊教会 (福江地区)
福
江島の北端に数戸ずつ散在していた信徒たちの労力や神父の努力と、アイルランドからの浄財によって建てられた教会。鉄川与助の作と言われており、用材も上
五島の神浦から運ばれ、大正11年(1922年)、3年の工期を経て完成、献堂された。その後信徒たちは台風や瀬戸の風波から守るために、海岸の石を集め
て石垣を築いた。単層屋根に3廊式床、折上天井に方形引違窓をステンドグラスが彩る。現在3戸で維持されている。 |
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12- 水ノ浦教会 (岐宿地区)
明
治13年(1880年)に創建。その後、昭和13年(1938年)に現教会が建設された。鉄川与助の最後の作品とされ、木造教会では最大規模で、青空にた
たずむ白亜のコントラストが美しい。鉄川与助の作品らしく、3廊式床に4分割りリブ・ヴォールト天井の様式をとっており、木造重層屋根に8 角
形の鐘塔と尖塔が聳える姿は大浦天主堂と見紛うばかりである。堂の右手の丘に「十字架の道行」のリレーフが続き、ヨハネ五島の像に至る。
近くに五島崩れの牢屋跡がある。
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13- 楠原教会 (岐宿地区)
明
治45年(1913年)に献堂。鉄川与助の設計、施工。煉瓦造り重層屋根の3廊式床、4分割リブ・ヴォールト天井で、尖頭アーチ窓のゴシック様式である。
構内にファチマの奇跡のコーナーが設置されている。建設に当たっては信徒たちが川原から2K余の道を資材を運ぶなどの労力奉仕に努め、子供たちも学校帰り
に煉瓦を運ぶことを日課にしたという。寛政9年(1797年)に外海から居着いた代表的な地域である。近くに五島崩れの牢屋敷跡がある。 |
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14- 打折教会 (岐宿地区)
三
井楽半島の対岸の入江に建つ教会で京岳を背景に湾曲する白良ヶ浜の景観を楽める。明治時代に集落の裏山の中腹に建てられたものを、昭和49年(1974
年)に現在地に移して改築した。木造単層屋根の平床、平天井で、方形引違窓の簡素な造りである。緑と青の中に白亜の建物が鮮やかである。 |
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15- 三井楽教会 (三井楽地区)
こ
の地は寛政の居着に先立つ安永5年(1776年)大村領から、さらに遅れて天保5年(1834年)浦上から居着いた人々によって拓かれた。明治13年にゴ
シック様式の木造教会が建てられたが、老朽化のため昭和46年(1971年)コンクリート造りのモダンな教会が建てられた。祭壇部から扇 形
に広がった単層屋根に、外壁は島内から採集された貝殻でモザイクの聖画が描かれている。また堂内には地元の人達によって、「十字架の道行」や「地域の信仰の歩み」がステンドグラスでオリジナルに描かれている。
道を挟んだ山手に、五島崩れの牢跡がある。
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16- 貝津教会 (三井楽地区)
寛
政年間に外海から居着いた人達の一部が、禁教解除後も「隠れ衆」と呼ばれて点在していたが、大正10年(1921年)に申合わせてカトリックに復帰し、大
正13年(1924年)に教会を建立し た。
現教会は、昭和6年(1931年)に一部改造され、単層屋根で3廊式床に平天井で高窓を備え方形窓である。両側の窓のステンドグラスが精緻で特に左窓から
ステンドグラスに夕日が射した彩りは神秘的である。
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17- 嵯峨島教会 (三井楽地区)
平
家滅亡の折、京都嵯峨野の貴族が拓いた島に建つ教会。先住者の元原に対して、寛政9年(1797年)後、大村領から居着いた信徒たちが竹林を拓いて住みつ
いた竹原の地に建つ教会で、大正7年(1918年)に献堂された。山ろくを拓いた地に建つ木造単層屋根に3廊式床、平天井、方形片引窓の簡素な造り。祭壇
部は崖に面するため、玄関に設けた円形アーチのステンドグラスが夕日に映え美しい。 |
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18- 井持浦教会 (玉
之浦地区)
明
治28年(1895年)に五島で初めての煉瓦造りのロマネスク様式の教会として献堂されたが、昭和 62
年(1982年)の台風で倒壊した。翌63年コンクリート造りの教会として改築された。外面はタイル張りで、内部も平床、平天井の造りである。構内に明治
32年(1899年)に造成された日本最古のルルドがある。これは島内各地の信徒が寄岩、寄石を運び入れて造成したもので、ルルドの秘跡の水を運び入れた
ものである。 |
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19- 玉之浦教会 (玉
之浦地区)
他
の地区からの移住者の増加によって昭和37年(1962年)に町の中心部に建立された教会。玉之浦湾に面して尖頭が聳えている。木造の単層屋根に切妻の玄
関が張り出し、内部もジュータン張りの平床に平天井の簡素な造り。明治初年のキリシタンの検索では2戸8名の信徒が出ているが、禁教令解除後3教会が建っ
ている。現在2教会であるが過疎化もあって信徒数は少ない。 |
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20- 繁敷教会 (富江地区)
地
名をとって山ノ田教会とも呼ばれ、山深い高地に建てられている。寛政の居着で大村領から移住した木場田一家は戸岐半島の福見に居着いたが、風波がしぶく磯
辺では居住も困難で、山内盆地を経てさらに現地を開拓したもの。のちに、繁敷地区にも信徒が増えたので、大正15年に礼拝堂を設立した。現教会は昭和48
年に建てられもので、木造単層屋根、平床、平天井の簡素なものである。信徒の先祖は明治の五島崩れで家を追われ入牢した過去もある。 |
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長崎県を中心に多くのカトリックの教会堂建築を手がけた、鉄川与助(明治12年1月13日
- 昭和51年7月5日)氏のホームページです。(お孫さんが作成されています。)
五島市では、堂崎教会・楠原教会・江上教会・細石流教会(消失)・平蔵教会(現浦頭教会に建替)・水ノ浦教会を手がけています。 |
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